役員インタビュー

INTERVIEW

野村 和彦

2023年12月からメディカルグローンの取締役に就任した野村和彦さんにお話をうかがいました。文章を書くことが苦手な人も、サイエンスの知識がないと嘆く文系出身者も、適切な指導を受けることで、誰でもメディカルライターになれる! という力強いメッセージをお届けします。また、既にプロのメディカルライターとして活躍中の方へのアドバイスとして、自分の弱みを常に意識し、文書の最終目標を認識する大切さをお話しいただきました。京都生まれ、大阪育ちの野村さん。関西弁での軽快なトークの中に、メディカルライターを目指す方への温かいまなざしが感じられます。

異色の経歴が強みに

ー 医療分野には、昔から興味をお持ちでしたか?

子どものころから昆虫が大好きでした。まだ解明されていない生物の神秘の世界をじっくり勉強したいと思い、大学は生物系の獣医学科に進みました。そこで、研究の面白さにとりつかれたこともあって、卒業後は製薬会社の研究所に入ったんです。最初の13年間は薬理の基礎研究をし、39歳のときに開発本部に異動になりました。私が研究していた薬の開発ステージが臨床に進んだので、臨床開発も自分で手がけてみてはと声をかけていただいたんです。その後、退職するまで臨床開発部門にいました。

ー メディカルライティングを始めたきっかけは?

当時は、プロジェクトリーダーとして、「何でも屋さん」にならざるを得なかったからです。今では、どこの製薬会社も臨床開発部門の業務が非常に細分化されています。例えば、臨床開発モニター(CRA)、プロジェクトリーダー、メディカルライティング、データマネジメントといったように。しかし、当時は臨床開発部門の業務は現在ほど細分化されておらず、移動2年後にプロジェクトリーダーになった当時は、プロトコル骨子から総括報告書、申請資料、照会事項の回答まで、ほとんど全てを自分で書かなければなりませんでした。開発本部のたたき上げのようなプロジェクトリーダーがたくさんいる中、私のように研究所から来た者は異色です。そんな状況で、自分の強みは何だろうと考えたときに、サイエンスのバックグラウンドや多くの論文執筆、学会発表経験が活かせると思ったんです。全体的なロジックを科学的に構築するときに自分の存在価値がある、自分の創意工夫が入る余地があると感じてからは、メディカルライティングが面白くなりました。とは言っても、いわゆる「メディカルライティング部」と呼ばれる部門に所属していたのは、退職後に再就職してからのことです。CROや外資系医療機器会社でメディカルライティング部の部門長を経験しましたが、もともとは「メディカルライティングもやるプロジェクトリーダー」を随分長い間やっていました。

開発本部で養われた「全体を見る目」

今の時代、野村さんのような経験をお持ちの方はなかなかいらっしゃらないと思います。改めて、野村さんの強みについて教えてください。

データを科学的にきちんと分析し、正しく解釈して論述できることです。残念ながら、メディカルライターでここまでできる方は多くないと思います。もうひとつは、サッと読んでスーッと理解できるわかりやすい日本語が書けることです。

また、「何でも屋さん」として開発本部でのさまざまな仕事を経験したおかげで、開発全体を見る目が養われました。メディカルライティングをするうえで、非常に役に立っていると思います。こういう視点は、メディカルライティングだけをやっていると育ちにくいため、承認申請後の照会事項が来たとき、どういう風に回答を作成し、戦略を立てるかといったアイディアがなかなか出てきません。我々世代の人間は、これまでの幅広い経験やノウハウがあるので、コンサルタントとして入る場合も効果的な指導ができると思っています。

作文嫌いの少年が独自のトレーニングで開眼!

ー 書くことは、もともとお好きだったんでしょうか?

実は、子どものころから作文は大の苦手だったんです。大学入試のときも、現代国語が足を引っ張っていました。浪人時代、どうすれば国語の成績が上がるだろうと考えた結果、わかりやすい文章を書くトレーニングを自分なりの方法で編み出したんです。週刊誌を買ってきて、サッと読んでスーッと理解できる記事を選びます。その記事を100回読み、次に自分が書いた文章を100回読みます。すると、自分の文章の悪いところや変な癖がわかってきます。わかりやすい文章とは何かを自分で分析し改善するこのトレーニングを1年間行なった結果、国語で成績優秀者に載るぐらいに成績が伸びました。文章はトレーニングさえすれば誰でも上手になるんだと確信できた瞬間です。それからは、文章を書くことが楽しくなりました。

「お作法」を押さえること、自分の欠点を知ること

ライティングの難しさ、面白さはどこにあるのでしょうか?

大きくわけて三つあります。

まず、全体的なストーリーが見える文章を書くこと。これは、例えばCTDなどの申請書類を書くときには非常に大切で、ライターによってかなり差が出る部分でもあります。その薬の特徴や臨床でうまく使う方法を含め、全体のストーリーが見える文章が書けたときは大きな達成感を覚えますし、その結果、照会事項が非常に少なく、承認が順調にとれたと聞くと、非常に嬉しく思います。

次に、照会事項に対する解決の糸口を見つける大変さです。申請後に出てくる照会事項の中には、審査官は何を考えているんだろう、どうやって回答したらいいだろうと頭をひねるようなものがたくさんあります。そのような悩ましい問題でも、私にとっては謎解きゲームのようで面白いです。

三つめは、臨床試験のデータを正確に解釈、分析してデータを読むことです。サイエンスの素養がないと、なかなか難しい部分です。膨大なデータを統合し、薬の特長や有効性、安全性についてうまく書けたときには、やりがいを感じます。

ー 文系の方にとっては難しい部分ではないでしょうか?

確かに、データの読み込みは、幅広い背景知識とサイエンスの素養がないとなかなか難しいかもしれません。一方、メディカルライティングの仕事の90%以上は、初級、中級のスキルがあればこなせます。要は、メディカルライティングの「お作法」がわかっていること。そのほかには、わかりやすい日本語を書くこと。このようなスキルは、正しい方法で勉強して地道に努力すれば身につけることができます。文章を書くことが苦手な方も、トレーニング次第で本当に上手になります。つまらないミスをせず、わかりやすい文章を書くスキルがきちんと身につけば、文系出身の方でも、難しいデータがきちんと読めない方でも、業界で十分通用するメディカルライターになることができます。

「お作法」が大切なんですね。企業での研修も行っていらっしゃるとうかがいました。

企業での社内研修時には、事前課題を出しています。意外なことに、メディカルライター歴が5年ぐらいある方でも、日本語ライティングの基本中の基本であるお作法ができていない方が多いんです。「次のパラグラフで不適切な箇所を修正してください」という課題を出したとします。間違いを10か所いれておくと、全て見つけられる方は20人中1人もいないことがあります。中には、10か所中8か所ぐらい見逃す方もいます。これは、適切なトレーニングを受けていないためです。自分ではメディカルライターとして一人前の仕事ができているつもりになっていても、実は基礎中の基礎がかなり抜けていることがあります。

メディカルライターとして長年働いている方でも、「わかりやすい」日本語を書くことができる方はそれほど多くありません。PMDAの審査官は、いくつもの申請品を同時に抱えています。効率よく審査を進めてもらうためにも、サッと読んで頭にスーッと入っていくような日本語で書く必要があります。

そのためには、自分の足りない点に気付くことが重要です。自分の欠点を認識できていないと、メディカルライターを何年やっていてもこういったスキルは、実は身につきません。適切な指導を受け、自分の弱点を常に意識して仕事をすることが大切です。

最終目標を意識すること、医療の現状を把握すること

現在メディカルライターとして働いている方に意識してほしい点、文書作成時のアドバイスをお願いします。

まずは、ドキュメントを作成するときに、そのドキュメントの最終目標をきちんと認識することです。ここまで意識して仕事をしている人は意外と少ないんです。「この薬にはどういう特徴と強みがあり、どういう点に注意すれば臨床で安全かつ有効に使えるか」について書かれている総集編とも言えるのが添付文書です。どんなドキュメントを作るにしても、その薬の添付文書が最終的にどうなるかを頭の中でまずイメージしてから書き始めることが最も大切です。添付文書をイメージして書かれた文書は、審査も非常に順調に進みます。当然、照会事項も少なくて済み、早期承認取得に結び付きます。

もう一つは、書き始める前にその領域の臨床ニーズを把握することです。例えば、どんな類似薬があり、どういう点が足りないのか、ドクターがどんな薬があったらいいと思っているかなど、医療の現状を広く浅くでもいいので頭の中に入れることが必要です。そんな作業は忙しくてやる暇がないという方が多いと思いますが、医療の現状がきちんと把握できていると、その後の作業がとても早く進みます。書き始める前にゴールが見えるわけですから。

最終目標の意識と医療の現状把握、この二つはメディカルライターを目指す方、メディカルライターとして現在働いていらっしゃる方に是非意識してほしい点です。

ー そういった視点を持つことで、仕事がもっと楽しくなるのかもしれませんね。

その通りです。メディカルライティング部だけで仕事をしていると、開発の全体像が見えにくくなります。一方、今お話ししたような視点を持って仕事をすると、新しい世界が広がってくると思います。さらに、自分がどういうところで貢献できるのかも見えてきます。例えば、誰かのスタイリングをするときに、この方にはこういう色のドレスがきっと似合うだろうな、この方にはこのネクタイが似合うに違いないといった最終的な姿をイメージしながらやると楽しいですよね。メディカルライティングも同じです。そのためには、現在その領域で出ている薬に足りない点、新しい薬の特長、提供できるメリット、最終目標などについて、書き始める前にイメージできていることが大切です。ストーリーを感じられる文章への鍵になります。

患者さんの声が最大の力に

これまでの経験の中で、最も印象に残っているできごとはありますか?

免疫抑制剤のプロジェクトリーダーを担当していたとき、患者さんからお便りをいただきました。当時、患者数が非常に少なく、よい薬がない疾患をいくつか担当していました。例えば、担当医から失明を宣告されていた春季カタルという重度のアレルギー性疾患の患者さんからは、「薬のおかげで、運転免許がとれるようになりました」、「黒板の字が見えるようになりました」というお便りが会社に届きました。重症筋無力症の患者さんからは、「寝たきりだったのが学校に行けるようになった」、「会社勤めができるようになった」という手紙をいただいたこともあります。患者さんからこういったお便りをいただいたときはとても嬉しいですし、開発者冥利に尽きると思う瞬間です。

AIにはまだ限界も

ー AIの存在なども踏まえ、メディカルライティングは今後も需要があると思いますか?

あります! 例えば、臨床試験の成績が大量に出てきたときに、そこからどんなストーリーを作っていくか、製品の特長をPMDAにどうアピールしていくかを考えることは、AIにはできないと思うからです。
まず、今までに開発された類似薬が承認された経緯、承認にあたり当局が何を問題視し、企業がどう改善し解決していったかなどが頭の中に入っていることが必要です。そして、疾患の重篤性、緊急性、患者数といった多くの要素を全て加味したうえで、どのあたりなら承認してもらえるかを総合的に判断するには人間の力が必要だと思います。

世の中に出ている活字の情報だけで正しい戦略を立てることは難しい場合もあります。医療上のニーズひとつとっても、臨床に直接携わっている先生の話を聞かないと判断できません。AIは非常に優秀ですから、ある一定の領域、分野、ドキュメントに関しては対応可能でしょう。ただ、肝になるような大きな戦略をたてるときには、AIではまだまだ限界があると思います。

オケも料理も現役!

ご趣味は?

コントラバスです。昨年から、プロのオーケストラからも時々声をかけていただき、1年に5、6回ぐらいプロオケで弾いています。若い頃はそれほど上手ではなかったんですよ。ただ、最初はできなくても、プロの方の弾き方を見て勉強し、自分で研究し続けていると、以前はできなかった弾き方ができるようになることがあるんですね。意識をもって、継続して努力することが大切で、メディカルライティングにも通じる話だと思います。

料理も好きです。特に魚料理に凝っていて、釣りに行けないときは北海道から鮮魚を送ってもらって自分でさばいて料理しています。最近は、畑で野菜も育てています。食べることが好きなので、おいしい野菜を自分で育てたいんです。午前中は畑で農作業していることが多いです。毎日忙しいので、1日48時間ぐらいあればと思っています。

メディカルライター育成、理想は寺子屋

ー 今後、メディカルグローンで伝えていきたいことは?

今後、弊社に在籍しているメディカルライターの卵の方に指導やアドバイスができる機会がもっと増えてくると思います。会社の発展のためにも、業界で通用する立派なメディカルライターを育成する機会をどんどん作っていきたいと考えています。寺子屋のようなやり方ができればいいですね。教育研修システムを通して皆さんのライティングスキルを伸ばすお手伝いをするだけでなく、「何でも屋さん」で身につけたメディカルライティングのノウハウや、長年メディカルライティングにかかわってきたからこそ得られた技術や知識を次世代に繋げていければと思っています。
大切なことは適切な指導を受け、自分の弱みを意識することです。こういうスキルを身につけたいと常に意識し、向上心を持ち続ければ、一流のメディカルライターに必ずなれるはずです。

©MEDICAL GROWN

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